質的研究方法ゼミナール―グラウンデッドセオリーアプローチを学ぶ

戈木クレイグヒル滋子氏の著になる書。医学書院出版。

グラウンデッドセオリーアプローチは、インタビューや医療の問診などの発話記録を基に概念構築を行ない理論を得る方法として、介看護の場などで取り入れられている質的研究方法である。
臨床で使われる方法であるから、人工物の利用状況を調査する方法にも応用できると思う。応用というよりむしろ、エスノグラフィー視点のユーザビリティ調査技術を強化するために役立つと考えられる。大まかには、まず観察およびインタビューから得た情報をテキスト化し一文毎に切片化する。これに対して本書で解説されているようなラベル付与やカテゴリー化を行いつつ、プロパティやディメンションを発見するという手順をとる。プロパティは概念の枠組みを決める一つの杭のようなものであり、プロパティやディメンションの集まりで概念を考察する。その概念は調査対象の理論的解釈を可能にするとともに、観察事実と合わせれば対象の理解を深めることに役立つ。
こう言うと非常に便利で都合の良い手法のように聞こえるが、ラベル付与やカテゴリー化、プロパティやディメンションの発見などには経験が必要だし、そもそも質的研究ということで統計処理のように誰がやっても同じ結果が得られるものではない。しかし介看護の現場で使われるように、対象を正しく理解するためには、良い方法だと思う。
戈木氏の、グラウンデッドセオリーアプローチに関するもう一冊の解説書「グラウンデッド・セオリー・アプローチ-理論を生みだすまで」には、切片化やラベル付与、プロパティやディメンションについて更に詳しく書かれている。本手法に興味のある方は、是非読んで見るといい。僕は本書の方を先に読むことをお勧めするが。

さて、グラウンデッドセオリーアプローチは概念を考察し理論的な枠組みを見つける手法なので、僕もこれを使ってFutuer Centered Designとその役割や意義を再確認してみようと思う。

アドバンスドデザインリサーチ特集

AXIS 12月号 vol.142
MIT Media Labの副所長、石井 裕 氏へのインタビューを含め、アドバンスドデザインリサーチについて予兆を感じさせる記事がある。石井氏はRadical Atomsという仮想のマテリアルを前提に、2200年のインタラクションデザインを考えているという。スタンフォード大のリサーチ・インスティチュート(SRI)では、価値創造のプロセスを規律としている。それは次のようなものである。
1.その要望は顧客と市場にとって重要か
2.ツールを用いて価値を創造する
3.イノベーションのチャンピオンになる
4.超領域的なチームアプローチ(チームづくり)
5.組織の整備
慶応義塾大メディアデザインの奥出直人氏は、「モダンデザインから、人間の行動や感情と深く関係するデザインへ」ということで、IdeationからTinkeringへ、と述べている。Ideationはサービスデザインへ応用することも試みられている。(英国のライブ・スラッシュ・ワーク) 一方、やっかいな問題にデザイン思考で取り組むことも必要で、ここにTinkeringgある。Tinkeringとはいじり回すことで、元XEROX PARCのジョン・シーリー・ブラウン氏が提唱しているものだ。スクラップアンドビルドを繰り返すPARCの文化を反映しているようだ。グローバル・フォーサイス&イノベーションが提唱する「Driver of Change」というツール。未来のコンテクストを理解するためのリサーチツールで、8つのテーマからなる25枚のカードで構成されている。そのテーマとは、エエルギー、ゴミ、気候変動、水、人工、動態、都市化、貧困、食料である。グローバル・フォーサイス&イノベーションではこのカードを使ってワークショップを行っている。さまざまなアプローチで未来のあり方を模索しているようだ。

石井先生の話にはいつもインスパイアされる。本書ではTangibleの次はRadical Atomsだとしているが、機会があって色々話を聞いてみると、石井先生自身もまだ思考探索中であるようだ。別の資料ではZero Gravityという言葉が出てくる。無重力状態、ひいては無重力感を模した形態的な変質、あるいは変形するインタフェース、リアルを越えたリアル感、柔らかくぷよぷよする浮遊感などが感じ取れた。これらを統べる概念がRadical Atomsなのではないか。確かに原子が過激に反応すればトランスフォーム、つまり変容は容易である。変形するインタフェースなんて楽しそうではないか。

 

Gravityで思い出すのはリンゴである。リンゴが落ちるのを見て万有引力のアイデアを発見したのはニュートンだが、こういう予測不能なアイデアの発見機会をセレンディピティーという。Amazonサイトのようにセレンディピティーを意識したUI(ユーザインタフェース)も出始めたが、これを組み込み系のUIに盛り込んだら面白いと思う。さらにインテリジェントにすれば、使いたい機能を先回りして提示するなど、ユーザビリティの改善としてもブレイクスルーになる可能性がある。なにしろ最近の電子機器は機能が多く、使いたい機能を探し出すのも一苦労なのだから。もっとも先回りは、ややもすれば「大きなお世話」になりかねない。だからこそFuture Designをまじめに行わなければいけないと僕は思う。

完全密着のマスク

最近ふと目にした社内コマーシャル。完全密着360°とあり、つまりシールのように貼り付けてしまう訳だが、神経質なまでの防衛方法にひと時あぜんとした。

僕は、慢性的なアレルギー症で一年悩まされマスクは常用しているのだが、さすがにこのようなものはする気になれない。ウィルスや花粉を防御する効果よりも、単純に人の目を気にしてしまう。シャイなのだろうか。

「都市型シニア」マーケットを狙え!―新たな消費マジョリティーの実像

山崎 伸治氏の著になる書。日本経済新聞社。

昨今、少子高齢化の加速と共にシニアマーケティングの重要性が指摘されている。シニアマーケットと言っても「高齢社会」と「高齢化社会」の意味に違いがある如く、市場の捉え方で解釈が混乱する傾向にある。高齢社会とは総人口に対する65歳以上の高齢者の比率が14%以上の社会であり、高齢化社会とは7%以上の社会である。14%と7%では実は大きく意味が違う。

この状況に対して最近、〔高齢者も考慮してユニバーサルデザインに取り組む〕という構図が定着しつつある。まるで、ユニバーサルデザインは高齢者にとって無くてはならないものである、と言っているようである。そういう側面も無いことはないが、果たしてそれだけでだろうか。この本を読むと、違う視点もあることが分かる。日本は既に高齢社会であり、欧米の多くはまだ高齢化社会である。つまり日本のシニアマーケットは既に成熟しており高齢化のスピードも早く高齢者の割合も既に14%を超えている。欧米はこれから成熟を向かえるまだ成長段階で高齢化は緩やかに進んでおり、14%を越えるのは2012、3年頃である。

しかし一方、日本において例えば男性高齢者が定年後に自分の場所を見いだせず時間を持て余しているように、余暇の過ごし方が成熟していないように感じる。これは僕の身の回りを見てもうなずける。これに対して欧米の場合は早くから夫婦での余暇時間の過ごし方が多様に根付いており、二人でゆったり過ごそうという前向きな意識が高い。日本では夫婦で過ごし方のすれ違いがあったり画一的になったりする。僕の両親も含めて、多くのリタイヤシニアが「夫婦でしたいことは旅行」というステレオタイプを持っていることからも分かる。グローバルな目で日欧を見ると、求められるものも違って当然だと思う。
更に最近は経済の二極化もこれにからむため、市場の読みを間違うとシニア向けのビジネスは成功しないことになる。単に「安心」とか「操作しやすい」「分かりやすい」で済むとは思えない。その意味ではユニバーサルデザインだけに期待するのは無理があるのであろう。事実、定年退職後に買いたい品物の一つに高級一眼レフカメラがあり、実際にそれはリタイヤシニアに売れている。彼らは大きい文字や操作しやすいノブなどは求めておらず、代わりに「本物」としてのプロフェッショナル感を求める。この「本物さ」に自分の人生の円熟味を重ね合わせるのかもしれない。

シニアのニーズ、イコール簡単なもの機能が少ないものというステレオタイプ的な発想はやめ、シニアと言えども、いやシニアだからこそ多様な生き方と価値観を見定めるマーケティングが必要なのではないかと考えている。

Futuer Centered Designが問いかけるもの

Futuer Centered Design(未来中心設計)とは単に未来を描くということではなく、将来の社会的な要請や存在価値などを考えながら今までに無い新しい人工物を産み出して行くデザイン活動です。いわゆる先行提案とか先行開発と言われるもの。未来デザインというとSFを思い浮かべるが、未来を科学的に予測し実現可能なものとして提示するという意味ではSFとはまったく違う。違うが、未来を予測するという意味でなら似ているかもしれない。いずれにしろ、現在のニーズをそのまま手がかりにはできない。

現在のニーズからそのまま未来を見通すと色々と不都合が生じてくる。利用品質の意味は社会や自然など環境の変化に呼応するので、明日のものと未来のものでは予測の観点や尺度が変わって当然という状況になる。明日いいものが未来もいいとは限らない。変化が激しい昨今では更に危うい解が産み出されかねない。さらに財のライフサイクルがどんどん短くなっているから、よほど注意しないといけない。そのような中で新しい価値を創出するためにはどうしたら良いのか。

僕は、そのような文脈の中で、アドバンストデザイン(先行提案)に取り組んでいます。

Futuer Centered Designの骨子の一つは、勿論人間中心設計だが、これに加えてエコロジーデザイン、つまり環境中心の考え方と、セイフティーネットの考慮が必要である。環境中心ないし環境主義のあり方としては、自然環境に加えて社会環境やサービス利用の環境の変化(ネットワークやクラウドなど)への対応を考慮する必要がある。セイフティーネットのあり方としては、社会的弱者や増加する高齢者への対応が重要となる。また予期せぬ事態にも柔軟に対処でき、学習し成長するシステム(Pliant System)を志向することが求められる。

セイフティーネットに注力した開発志向がユニバーサルデザインであると言う事もできる。但しセイフティーネットと個々の障害への対応はアプローチが異なるし同じ次元では考えるのは危険である。セイフティーネットは、補完的な代替手段を提供することなども考えられるが、障害への対応は本来個々の障害に合わせてカスタマイズすべきものである。そこには「代替」などというものはない。

Futuer Centered DesignのプロセスをISO13407になぞらえると、以下のようになる。

①未来の利用状況予測:
社会動向の変化や5~10年先の技術シナリオを描くこと、またユーザー嗜好や価値観の変化を予測し、ユーザーニーズの拡張・進化を定義することなどが含まれる。

②未来ユースの要求定義:
新しいサービスを定義し、未来の利用シーンとユースケースをまとめ、これらを基に、プロトタイプの外部仕様をまとめることがゴールとなる。

③設計デザイン解の製作:
新しい使用体験の可視化を目的としたプロトタイピングを行う。可能であればホットモックアップ(可動試作)が望ましい。

④充足度の評価:
仕様書やプロトタイプに対して認知的ウォークスルー法による評価を行うことが有効である。

未来志向のデザイン活動は、なかなかあるべき論では成立しないもので、組織として行う場合は、組織の目標に枠組みを与えられたり、コアコンピタンスを生かすことが重要となる。その意味では、先行的であればあるほど、ブランドエクイティ(ブランド価値)の影響を強く受けるものであると言える。僕自身、最近特に強く感じることである。